chikyu Bijo Nendaiki

女性美を医学的・性愛学的・九星占術の視点で追究します。

★紅涙の風景(抜粋:無料sample)

moyuru2016-0039-2223-2.jpg


<第三章から抜粋>


望月からパソコンにメールが入っていた。
『八雲へ。至急会いたい。銀座のいつもの店で待っている。明日の午後六時』
『Re:了解。詳しい話しはその時に。では…』
十月の銀座界隈では秋の紅葉が近い。OLたちのアフターファイブはいつ見ても僕には眩しく映る。美しい情欲を隠し持った女たちのたくらみ。香水の群れ。
七丁目にあるバーのカウンターでは、望月は女を連れていた。望月は和服の時が多い。
 この日、僕は、珍しくネクタイをしていた。傍から見ればまともな勤労者に見える。彼は憔悴し切った顔である。少し痩せたようだ。
「よう大介。元気だったか?」
「まあな…」
「彼女とはうまくいってんのか?」
「まあな…。こちらは?」
「M社の一色みどり女史だ。よろしくたのむ」
「一色です…」
彼女に名刺を渡された。黒の網タイツがよく似合う女だ。エンジのセーター。セミロングのブーツ。均整のとれたふくらはぎ。引き締まった太腿。官能系の編集者だとすぐ分かる。僕はまだ売れない身だから、相手を気にする必要もない。編集者特有の雰囲気があるが、彼女が望月の愛人だと僕にはすぐ分かった。
僕は、彼女は何処かで見たような気がしていた。
三十路を迎えたばかりの彼女は、知的な怪しさがある。
たしか望月はSMのビデオマニアだった。最初の彼の作品はそういう物が多かった。そうだ、あの時の女だ。僕はみどりさんが、望月とのシーンに出ていた事を思い出していた。自作自演のあのSMシーンだ。
絶対あの女だ。僕は確信していた。家には彼に貰ったDVDの映像がある。だが、今は口には出せない。ろうそくと緊縛での痛みのシーン。望月の異様な顔とみどりさんの妖艶な泣き声。いまでもやっているのだろうか。
「八雲です。よろしく…」
「今日は無礼講だ、大介…」
「いつもそうだろ…」
望月がそう言う時はいつもの事だ。僕に原稿を頼む時の合い言葉である。
「大介。みどりは大丈夫だ…」
「大丈夫だって?ヤバイのはお前のほうだろ…」
「悪い、悪い。みどりは仲間だ。心配すんなって…」
「八雲さん、望月さんに書いてあげてるんですってね…。女の闇をうまくついていて。本性の部分の表現がとってもいいわ。最近売れた本あなたが、書いたんでしょ?いまこの人にはそういうの書けっこないもの…」
「…」
「みどり、あんまり、あからさまに言うなよ。大介が困ってるだろ」
「平気さ…。俺は全然困らない…」
「八雲さんも、そろそろ日の目を見るわよ、きっと。私には分かるの…。女の第六感…」
「俺はどうなる…」
「あなた最近ちょっと変よ。困った時だけ人に頼るなんて…」
「分かってるよ、そんなこと。いま、だめなんだよ…」
「しょうがないわね。売れっ子のくせして。印税が少し入ったくらいで、うつつを抜かすようではね…」
「なんだよ…」
「まぁ、まぁ、そう喧嘩しないで…」
望月は出来上がっている。
「分かった、わかった。考えておくよ…」
「すまんな、大介。恩に着るよ…」
「でも、今度が最後だよ…」
「わかってる…」
この二年、そういう事の繰り返しだった。もう十回目だ。
「ほんとに最後だぜ…」
「あぁ、ほんとに…」
望月は明日には、たぶん、もうこの約束は忘れている。僕には分かっていた。僕は本気だった。いつまでも、ゴーストライターなんかやってはいられない。
善意もこれまでと、僕は家を出てくる前から決めていたのだ。
「場所変えようぜ」
珍しく僕のほうから彼らを誘った。
「ゴメン、大介。おれちょっと向こうまで」
望月はTV局との打ち合わせの様だった。彼はこの日に限って妙に落ち着きがなかった。彼の作品、つまり僕の書いたものが、単発でドラマになるという。
「何だよ。用が済んだら、はいそれまでよかい?」
「だから、みどりが相手してくれるからさ。頼むよ…」
望月はみどりに耳打ちして、現金入りの茶封筒を渡していた。
「知ったことか…」
僕は思わずみどりさんに本音を吐いた。
銀座通りから一本入った道。地下一階に小料理屋があった。僕がよく美弥子と行くなじみの店である。七十代半ばの女主人が一人でやっている。客はみどりさんと二人きりだ。
女主人の勝子さんは密通で子を宿し、女の細腕一つで息子を大学まであげていた。相手は大手新聞社の役員をやっていたが、今は他界している。
彼女は年に一度、一ヶ月ほど南米へ行く。一人旅。それが若さの秘訣と言っている。ナスカの地上絵が店の周りにかかっていた。十年前、僕も美弥子とツアーで行った事がある。
「んもう。あの人はいい加減なんだから…。ごめんね…」
「いいんですよ。そんなこと。言っても分からないところがあるから、あいつは…」
「八雲さん…」
「あなた、どうしてそんなに彼の肩を持つの?」
「別に理由はないけど。単なる幼馴染み…」
「それだけ?」
「それだけ…」
「男の人っていいわね。友情ってとこかしら…」
「変な友情。お互い馬鹿なところがあるから、気も許せる。そんな感じかな」
「ほんとに馬鹿なんだから…」
「そうかも…」
「乾杯しましょ。今日はとことんお付き合いするわ」
「無理しなくても。あいつのそばにいてあげたら…」
「今日はたぶん行っても先客があるようなの」
「あいつも好きだからな。またTV局で女あさりか」
「でもほっとけないのよ…」
僕は美弥子が気になっていた。望月との接触もありえない事ではない。
みどりさんは、涙もろいところもあるようだ。目を閉じてビールを呑む彼女。その喉ごしに僕は憂いを感じた。ストレスもたまっているように見える。小麦色の肌とキュートな体つきは望月の好む体型だ。
彼女の生の姿は知らないが、望月にとっては引き付ける何かがあるのだろう。僕にもなんとなく分かってきた。
「みどりさん、どこの生まれ?」
「イギリス。でも中学の時帰国したの。父は商社に勤めてたから、小さい頃からハワイ、イギリス、ドイツの日本人学校を転々としてたの。だから日本語って難しく思えたわ。お友達もあまり出来なかったわね。結構コンプレックス持ってるのよ、私…」
「ふうん。そういう風に見えないけどな。じゃ、バイリンガル…」
「でもないの。英語の日常会話少し覚えただけ。中途半端なの私…」
「こっちに来てからは?」
「うん、なんとか国立の女子大まで行ったわ。いまは、ほらこの通り…」
みどりさんは少し開き直っている。
みどりさんはA型のさそり座らしい。僕はA型の女が好きだ。十代での人妻もA型だった。知的で常識派。完全主義者。大和撫子。緻密な性格。神秘的。
僕はAB型の魚座だ。美弥子はO型の天秤座。望月はB型で水瓶座だ。星占い好きの僕は、つい勝手に人の性格を想定する。
血液型や占星術はあまり当てには出来ないが、神秘的で僕には面白い。
「お二人さん、沖縄の泡盛呑んでみる?」
女主人が言った。
「私、もらうわ。あなたもどう?日本のお酒はおいしいわね」
みどりさんは酒豪のようだ。軽く一瓶を空ける勢いだ。
僕も一緒に付き合ってしまう。
「お二人さん、いくらなんでも、ちょっとペース早すぎない。
後が大変よ。大丈夫?」
目の前の光と空間は歪んでいた。僕は意識が無くなりかけている。みどりさんもこの日だけはまいっていたらしい。
女主人とみどりさんの、話し声だけは聞こえる。彼女たちに割って入る女の姿もあったような気がする。よくは覚えていない。
僕は誰かとタクシーに乗ったようである。その後、ホテルの一室に運ばれたらしい。意識が雲の上にいる。天井がぐるぐる回っている。まだしばらくは酒が抜けそうもない。ベッドの上で僕は眠ったらしい。
しばらくして、僕は誰かに肩を揺すられていた。僕は意識がまだぼんやりしている。応答は出来ない。だが、下半身だけは妙に息づいていた。鋼鉄が一人歩きしている。僕はおそらく、まな板の鯉である。誰かになすがままの状況であること。
僕は自分が他人のように思えた。股間の鋼鉄が生温かいもので包まれていた。僕は仰向けのようだった。両手は縛られていて身動きが取れない。そういう感覚だった。鋼鉄が何かに塞がった。水のような音が長く続いた。塞いでいる影が、激しく上下に動いているようだった。
僕は息が苦しくなった。何かで喉を絞められているようだった。僕は股間の力でそれを払いのけようとしていた。でも、重みでそれは難しく思えた。相手は分からない。影に声をかけても返事はなかった。僕の中から塞がったものに液が飛び出した。
僕は力が抜けていくのを覚えた。鋼鉄はまた何かに包まれた。僕はなかなか意識が戻らない。時間の感覚はなかった。
鐘の音で目が覚めた。朝陽が僕の裸を照らしていた。和光の時計台は六時を指している。ベッドの横には誰もいない。股間がまだ痛む。僕の両手と手首には黒いアザが出来ていた。
メモ紙がおいてあった。
『おはよう、八雲さん。昨夜は大変だったのよ。
ホテル代は払ってあるわ。お先にね。よかったわ。いろいろとありがとう。
それじゃ、また。みどりとあなたは二人きり…』
どうやら僕は彼女の相手にされたらしい。でも、僕は彼女を怨む気はなかった。不思議な爽快感が僕を包んでいた。

10001812385.jpg
関連記事
スポンサーサイト